Joyoliving News : 2021年07月05日掲載

ステージ4から復活のリングへ

土浦市の総合格闘家・高須将大(しょうた)さん

24歳の時にガン宣告を受けた土浦市の総合格闘家・高須将大さん(27)は4年前、医師から余命3カ月という厳しい診断を下され一時は深刻な状況に陥った。闘病、復帰、再発を繰り返しながら不屈の精神でリングに立つことを諦めなかったファイターが今、思うことは。

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化学治療を乗り越えて臨んだ2018年8月の復帰戦は判定勝ち
「応援に駆け付けた友人が涙を流して復帰を喜んでくれました」
(C)ZSTインターナショナル

「(格闘家の)山本“KID”徳郁選手の圧倒的な強さに憧れた」。

社会人1年目、19歳の時にかすみがうら市の格闘技道場「ストライプル茨城」の門を叩いた。

スポーツが得意で霞ヶ浦高校では野球部に所属。運動能力には自信があったが、初めてのスパーリングで打ちのめされ「甘い世界じゃない」と痛感した。

そこから闘争心に火が付き、仕事帰りに週6日ペースで道場に通い本格的にトレーニングを開始。その後、師匠の勧めもあってプロの道へ。

2016年11月、デビュー戦は緊張から空回りしてドローというほろ苦いものだった。

写真2

(C)ZSTインターナショナル

体に異変を感じたのは2017年6月、プロ2戦目で初勝利を飾ったわずか3カ月後のことだった。

練習中に負傷した脇腹の痛みが引かずに会社の診療所へ駆け込むと、エコー検査で肝臓に白い影が見つかり、総合病院で受けた精密検査で肝臓ガンが発覚。

10センチを超える腫瘍は幸い手術で取り除くことができ「再発しなければ問題ない」と1カ月後に練習に復帰。だが翌月の定期検診で再発と肺への転移が判明した。

「ショックで親の前で泣きじゃくりました」。

複数の病院で診てもらったものの希望が持てる言葉はなく診断はステージ4。

「あの時が一番絶望しました」

すぐに化学療法による治療が始まった。

幾度もひどい倦怠感に襲われたが、格闘技に向き合っているときは病気のことを忘れられた。

自分を鼓舞するのは「再びリングの上に立つ」という希望だった。

高須選手。関西の映像会社がクラウドファンディングで資金を募り高須選手のドキュメンタリー映画を制作した。今も密着は続いているという

治療開始から4カ月後、一定の効果が表れ練習を再開した。

時を同じくして19歳で肺がんを発症し、ブログや講演活動などを続けていた山下弘子さんが1カ月前に亡くなったことを知った。

著書を通して過酷な状態でも前を向き続け勇気をくれた彼女の訃報に、自分も闘病しながらリングに上がる姿を通じて病気でふさぎ込んでしまう人の背中を押すことができたら?とSNSで病気を公にした。

「無理しなくていい。でも、病気ですべてをあきらめないで」

そして再発から1年後の2018年8月、師匠と道場仲間のサポートを受け、再びリングに立った。

副作用から思うように体を動かせない日もあったが、練習を投げ出さずにたどり着いたステージ。やっとここまで来た。

たくさんの歓喜に包まれ闘志が沸いた。

結果はギリギリの判定勝ちだったが悔いはない。

「リングに戻る夢がかなった」。試合後の控室で思わず涙がこぼれた。

その後も手術や再発を繰り返したが、そのたびに目標を立てて這い上がってきた。

2019年8月には、プロになった時から憧れていた大会「ZST/SWAT!」の本選への出場もかなった。

「人生で最高にうれしい瞬間でした」  

SNSを通して多くの激励のメッセージが届く。誰かの支えになることが自分を突き動かす原動力になる。

また、病気と闘う子どもたちの環境の向上のため、医療的ケアが必要な子どもと家族が暮らす施設へスポンサー料の半分を寄付する活動を続けている。

2019年11月の治療を最後に再発はない。

今も再発の恐怖に飲み込まれそうになる時があるが、そんな時こそチャンピオンベルトという次なる夢の実現に向けて前を向く。

「小さくてもいいから目標を持つ。だって、生きているんだから」

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