Joyoliving News : 2021年01月09日掲載

エールは続くよ、どこまでも

1月末まで、阿見で

昨秋放送が終了したNHK連続テレビ小説「エール」。主人公のモデルとなった作曲家・古関裕而(1909〜89)の弟で後半生を阿見町で過ごした弘之さん(享年77)の絵画展が、今月末まで町内で開かれている。

古関隆太郎さん
「父の生きた証を知ってほしい」と話す古関隆太郎さん=2020年12月16日、阿見町実穀の「ひるげゆうげ くらや」

福島県出身の弘之さん。ドラマでの描かれ方と違い裕而とは「ひろちゃん、兄さん」と呼び合う仲で、共に幼少から音楽や絵画に親しんだ。長じて硝子工芸デザインの仕事に就いたが、両親の死去で帰郷し県職員として糊口をしのいだ。

長男の隆太郎さん(74)が当時を振り返る。「伯父は忙しい人でしたが帰省時には温泉や母の実家に連れて行ってくれましてね」。伯父に似て、父も一途な人生を送った。

50代で早期退職し上京。グラフィックやインテリアデザインの仕事に就いた。遅くまで仕事に没頭する横顔が生き生きしていた。

1975年(昭和50)阿見町に越した父は町臨時職員となり、休日は画材道具を自転車の荷台に結わえベージュ色のベレー帽をかぶり町内を描いて回った。

水彩画は町広報紙の表紙を飾り、80年代に開校した朝日中と阿見二小の校歌を伯父が作曲する橋渡しもした。

昭和18年公開の映画「決戦の大空へ」の主題歌で23万枚の大ヒットを記録した「若鷲の歌」には、こんなエピソードが残っている。

作曲のため土浦海軍航空隊に一日体験入隊した裕而。後日、曲を携え常磐線に乗り利根川に差し掛かった際、ふと哀愁を帯びた短調のメロディが浮かんだ。

教官と練習生に両方のメロディを披露すると教官は勇ましい長調を、予科練生は皆短調を支持した。

「命を惜しまぬ」彼らにも、故郷の山河や残してきた親兄弟があるだろう―。「伯父はその心残りを音楽で表現したのだと思います」と隆太郎さん。

昭和の終わりから平成にかけ、伯父、母、そして父が相次いで亡くなった。

1997年、隆太郎さんは父の遺作展を開き、伯母・金子の故郷愛知県豊橋市と福島市でドラマ化の署名活動が始まると、妻と各所を奔走した。

弘之さんが描いた阿見町の風景
弘之さんが描いた阿見町の風景

父が愛用のキセルを吹かし、スケッチブックを開いて談笑にふけっていた自宅近くのそば店併設のギャラリーには、町の風景や最晩年孫に贈った猿蟹合戦、桃太郎など昔話のデザイン画が約50点並んでいる。

作曲を通して世の中にエールを送り続けた伯父と、デザインを通じて失われた町の風景を記録し続けた父。

隆太郎さんは「父の生きた証を少しでも皆さんに知ってもらいたい」と話している。

「古関弘之展〜25年目の再会」1月31日(日)まで


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