Joyoliving News : 2020年08月03日掲載

宮城・石巻の「ど根性ヒマワリ」 龍ケ崎で今年も開花

「被災地を忘れない」、震災の教訓も

東日本大震災で被災した宮城県石巻市のがれきの中に咲いた「ど根性ヒマワリ」の子孫とされる花が、龍ケ崎市内で育てられている。市主任児童委員で元教員の山崎雅昭さんが6年前に種を分けてもらい、学校や家庭などで栽培。「被災地を忘れずに、応援しよう」との思いを込めた取り組みは着々と根付き、発災10年となる今夏「10世」の花が開き始めた。


山崎さんの畑では2.5メートルほどの背丈に成長。茎が折れても伸び続ける個体もあり「まさにど根性ですね」と山崎さん=7月20日、龍ケ崎市内

5月下旬。龍ケ崎市さんさん館子育て支援センターの花壇で、「ど根性ヒマワリ」の種まきが行われた。山崎さんと近所の花好きボランティア4人が、代わる代わる訪れた子ども8人に優しく手ほどき。歩道沿いの20メートルほどに種をまき、丁寧に土をかぶせた。

めい「大きくなって。元気に育ってほしい」と、倉持当麻くん(6)と綾乃ちゃん(3)のきょうだい。その後の草むしりや植え替え、支柱設置など山崎さんらが手入れを継続。成長にばらつきはあるものの、7月下旬から花が開き始めた。

黄色のたくましさ


「元気に育って」と種まきする子どもたち。さんさん館での栽培は4年目=5月30日、龍ケ崎市中里の市さんさん館子育て支援センター

ど根性ヒマワリとは2011年夏、宮城県石巻市門脇地区のがれきの中に咲いた一輪の花。希望の象徴となり、子孫の花は各地に広がっている。山崎さんは11年5月以降、ボランティア従事などで宮城の被災地を訪問。同年夏に「がんばろう!石巻」の大看板そばで出合った花はたくましさを感じられた。

離れていてもできる支援を考えていた山崎さん。被災地で栽培される「3世」を見た夏、現地の人に「育ててみたい」と思いを吐露。14年春に関係者から約30粒の種が届けられた。教員時代の縁がある学校や施設に配ると共に、自宅での栽培をスタート。大きく育った花から取れた種は、翌年から自宅近くの小中学校や幼稚園・保育園などに配布。種の収穫数も協力も少しずつ増えた。

17年度と18年度には、龍ケ崎市民生委員児童委員連合協議会による「ど根性ひまわりを育てようプロジェクト」として震災発生年生まれの児童含む市内11小学校の新入生全員に種子が贈られた。各自で育ててもらい、撮影した写真を寄せてもらう展示の開催が契機になり、ヒマワリ栽培の輪は拡大。発案した山崎さんが「家族で震災について話し合うきっかけになれば」と話す新入生向けの配布はプロジェクト後も続いている。

気持ちにも広がり


虫などの影響を受け成長にばらつきはあるが、少しずつ開花=7月26日、さんさん館

こぼれた種から自主的に育ててくれたり、近所の子が開花に大喜びしたり、新たに育ててみたいという人に出会ったりなど「皆で応援しようという動きはうれしいですね」。

地域の花壇整備などにも協力する市立城ノ内中学校ではフェンス沿いで100本弱を栽培。緑化委員の生徒らが種から苗を育て定植していたが、今春は作業時期とコロナによる休校が重なり教職員の手で植えた。「震災があったということを忘れないことは大事。生徒は活動時に思い出していると思う。今後も続けることで、(震災を)経験していない代の生徒にも伝わっていけば」と新蔵厚志教頭。

山崎さんは昨年の花から10世に当たる種を収穫。今年は新入生約530人をはじめ、近くのコミュニティセンターや子ども会など市内外約1000の個人・団体に約6000粒以上が渡った計算になるという。

知人と一緒に、今年初めて3・11当日に石巻に向かう計画を立てたもののコロナの影響で取りやめた。たびたび参加していた茨城発着ボランティアバスもコロナや現地での活動状況を踏まえ3月に休止となったが、今後も足を運びたい気持ちは変わらない。

「忘れてほしくない」との現地の反応にも動かされ、風化させたくないという思いは強い。「花を育てて咲かせることで、忘れない、応援しているよというメッセージを届けられたら。また、震災の教訓を思い出すことで防災につなげたい」と願い取り組みを続ける。

今年も大輪と笑顔満載の写真展を開き、記録冊子を被災地に送ろうと考えている。「街にヒマワリが広がってくれたらうれしい。気持ちを共有できたら」と夢を描く。

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