Joyoliving News : 2020年03月14日掲載

土塁や堀…、「土の芸術品」

茨城城郭研究会 西山 洋さん

県内に約750城、未登録を含めると1000以上あるとされる中近世の城郭跡。中でも天然の地形を利用した山城に魅せられた西山洋さん(63歳、美浦村在住)は、マニアの間で評価も高い『図説茨城の城郭』シリーズの執筆メンバー。遺構の状況を容易に把握できる縄張図が好評で、郷土本としては異例のロングセラーを続けている。

生命を懸けた城


歩測を行う西山さん。「土岐の城には稲荷が祭られていることが多い」=2月15日、木原城址

「一般に『城』と聞いて思い浮かべる天守閣や石垣のある城は、歴史の中のほんの一部。私はなぜか、人の手で突き固められた土の城に引かれるんです」

美浦村の霞ケ浦南岸。舌状台地の突端部にある戦国時代後期の木原城を、茨城城郭研究会の西山洋さんが案内していく。

木原城は常陸国信太を支配した土岐原氏の家臣・近藤氏の居城とされ、城の北側は霞ケ浦に連なる湿地や池、南は堀や土塁などで守りが固められ、縄張(城の設計)は三曲輪、二曲輪、詰曲輪(本丸)と進むにつれ標高が低くなり、城内の陣形や軍勢の数などが敵に特定されにくい。

「北条氏が佐竹の南進に備えて整備させたとされますが、近藤氏の勢力にしては分不相応な巨大さ。霞ケ浦の谷筋から攻める敵を想定した総延長500メートルの巨大な防御線(二重堀)は圧巻ですよ」と西山さん。

普段は美浦トレーニングセンター内で競走馬の診療を行う獣医師だが、休日は県内外の城郭を巡り同じ趣味の仲間とのオフ会を楽しむ。「400~500年前の山城に美術的価値はありませんが、私にとっては土の芸術品といえますね」

大人の冒険


茨城城郭研究会著『図説茨城の城郭』(左)と『続図説茨城の城郭』

東京生まれ。大阪市内の大学で物理を専攻し、馬術部で後の妻と出会った。本好きも手伝い卒業後は写植機製作会社に就職。会社の保養施設近くの乗馬クラブで休日を楽しんでいたが、「今と違ってやり直しがきく時代」だった。

30歳手前で獣医師を目指した。免許取得後にJRAの非常勤獣医となり、初めて美浦に来たのは26年前。第一印象は「何もない所」だったが、夫婦共々都会の雑踏が苦手。地域の集まりにも顔を出し、休みの日には付近を散策した。

ある日木原城址に出掛けたが案内板もなく「結局その日はたどり着けませんでした」。ちょうど一般家庭にも普及し始めたインターネットで調べるうちに城跡に興味を持ち始め、「堅苦しくなく遊ぼう」をテーマに仲間とサークルを結成。熊笹ややぶをかき分け童心に帰った。


城郭巡りのベストシーズンは冬枯れの時期。奥は永巖寺を囲むように広がる二重堀=2月15日

城の設計図ともいえる「縄張図」の描き方も習得。立地や歴史、構造など仲間と手分けして調べること2年。内容は県立歴史館や郷土史家など多方面の専門家に校閲してもらい、2006年常総・下総の戦国時代140城を網羅した『図説茨城の城郭』を上梓。3年前には改訂版と続編も出版した。

現在は各地の講演会のほか、5年計画で進められている県の中世城館跡総合調査委員会の委員としても活躍する西山さん。県内の城郭の文化財的価値を明らかにし、「地域住民のアイデンティティーのよりどころとしたい」。学校で習う歴史は権力者の視点で書かれることが多いが、「土の城には生死を懸けた等身大の人間の営みがある。いろんなものが簡単に造れる世の中で逆に現実感がありますね」。

(3月20日号で城郭特集)

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