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2018年10月12日(金)

再読、『霞ヶ浦風土記』

世界湖沼会議を前に電子書籍化

「人と湖沼の共生」について考える世界湖沼会議が10月15日(月)から本県で開かれるのを前に、かつて霞ケ浦沿岸で営まれていた人々の暮らしを記録した一冊の本が、このほど電子書籍化された。土浦市の開業医佐賀純一さん(77)が24年前に著した『霞ヶ浦風土記—風と波に生きた人々』で、時代を超えた「ありのままの“カワ”の姿」に再び光が当てられることになった。

なぜか、ノスタルジー


診察室の傍らに置いてある『霞ヶ浦風土記』。山口さんは待合室に佐賀さんの父・進さん(故人)が描いた水郷の絵をモニターで流している=国立病院機構霞ヶ浦医療センター

水深の浅い利根川を網の目のように進む高瀬舟、日露戦争で働き手を取られた「豊漁貧乏」の漁民、潮風で体がジジョジジョ(塩が吹く)になった小僧。澄んだ水の底に見える淡貝、土浦のボタン工場に売った貝殻、毎年の「秋水」で洪水に見舞われた田んぼ、水路のウナギ。じゅんさいが取れ、子どもたちは渚で腹ばいになり水浴びをするー。

その昔人々に「カワ」と呼ばれた湖の記憶を編んだ『霞ヶ浦風土記』。今や絶版も多い佐賀さんの著作の電子書籍化を3年前から続ける霞ヶ浦医療センター小児・周産期診療部長の山口真也さん(53)は「今では夢のようですが、本当にあった話なんですよね」。

20年前、はしかの研究で赤土のほこりが舞い上がり「断水は当たり前」のアフリカ・ガーナに赴いた。使命感に燃えていたものの思ったほどの研究成果は得られなかった。

そんな中、旧知の医師から一冊の本が送られてきた。一日を終えてページを繰ると、住む世界が狭く日々の暮らしは貧しくとも、与えられた人生を謳歌する漁民の姿に力をもらった。なぜか「早く土浦に帰りたい」と郷愁に駆られ、帰国後は同センターに勤務。「佐賀さんの本と漁民らの生き方を後世に残そう」と電子書籍化を始めた。

「カワ」の歴史

多様な生き物が棲み、四十八津の入江と美しい渚を持つ霞ケ浦は、古来大小の船が運河を行き交い、さまざまな物資や人を江戸に運んだ。昭和30年代には利根川との合流点に洪水・塩害対策として逆水門が築かれ、湖は飲料水や農・工業用水として利用されたが、生態系のバランスは崩れ人々の生活は一変した。

長年湖の浄化運動に取り組んできた佐賀さんは1984年(昭和59)に琵琶湖で開かれた第1回世界湖沼会議で、その昔500艘の帆引き船が往来した霞ケ浦の豊かな自然と、アオコで汚染された現状を世界に訴えた。霞ケ浦と同じ運命にあった島根・鳥取にまたがる中海(なかうみ)の淡水化と大規模干拓計画は、佐賀さんの講演に触発された住民らの反対運動によって00年に凍結された。

人生の豊かさ


これまで古本でしか手に入らなかった『霞ヶ浦風土記』

 

霞ケ浦の逆水門が閉じて半世紀。今や日本の淡水化技術は世界トップクラスとなり、「中東の利水事業は日本企業が一手に引き受け、淡水化した当時と比べ工業用水の再利用化技術も進んでいるようですね」と佐賀さん。

一方の山口さんは年配の患者を診察する時、それとなく風土記の話題を振る。患者との距離は一瞬で縮まり、わが意を得たりと誰もが生き生きと当時を語り出す。「スマホやタブレットがあれば誰でも佐賀先生の本が読めます。『豊かな湖があった』という同じスタートラインで皆さんに議論を進めてほしいですね」。

本の「あとがき」では、古老たちが次々と亡くなる様子が哀切を込めてつづられている。最も親しかった漁民は老いた体を大儀そうに起こし「先生、網を処分しちまったよ」と嘆く。「漕ぐだよ、エカーイ波さ向かって、漕ぐだよ。(中略)次の波が舳先さぷつかって、バッと割れてなあ、ハハハ、そりゃ、何とも言えねえ気持ちなんだよ」。帰宅した佐賀さんは古いテープを聞き直し、ついに筆を執る。

「彼らは現金は持たなかったが、頭の中に夢があった。私はこれを文字にすることで、豊かな人生とは何なのかが少しだけ分かったような気がします」


【霞ヶ浦風土記】
患者らが語る水郷土浦の思い出を佐賀さんが「聞き書き」の形で記録し1994年に出版。02年に『MEMORIES OF WIND AND WAVES』と題して英訳された。録音テープは100本余り、長い人で17年にわたって採話が続けられた。

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