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2017年6月19日(月)

家をせおって、歩くこと

つくばに一人出版社

全国的な出版不況の中、今春、女性一人の出版社がつくば市内に誕生した。高松夕佳さん(42)が最初に手掛けた本は、発泡スチロール製の家を担ぎ東北から九州まで「移住を生活」した美術家・村上慧さんの日記。自分の目と足で社会をつぶさに観察した369日の記録の中に、高松さんは「今の日本を理解するヒントがあるかも」と話す。


つくば市内の古書店で。「本のカバーは『歩く家』の瓦と同じ手触りで、見返しは4種類あります」と高松さん

結局なにも変わっていない。あの震災は日常を変えるチャンスだったはず。日々の生活について、消費や生産や労働や社会のシステムについて見直していけるはずだった。だけどなんか知らないけど、どんどん元に戻っていく。8月13日(本書より)

都内の児童図書出版社で『よあけ』のユリー・シュルヴィッツや『雑草のくらし』の甲斐信枝さんなど絵本作家の仕事と人生を紹介する本を作っていた3年前の春、高松さんは「歩く家」を目撃した。遠目には絵に見えたが、近づくと瓦などの細部が妙にリアル。見た目の滑稽さとは裏腹に、ある種の「切実さ」も感じた。SNSで連絡を取り、翌月都内から北上した村上さんとつくば市の実家で再会。高校卒業以来約20年離れていた故郷を案内した。

一人ひとりの物語

速く移動しすぎると花や木や虫を愛でたりすることができなくなる。八十キロで走りながら見た路上のタンポポを「きれいだなあ」と思おうとしたけど、うまくいかなかった。6月1日

大学卒業後、アメリカでジャーナリズムを学んだ高松さん。キャンパス内を取材し、データや統計に基づく問題提起や犯罪被害者の取材などを学んだが、「どんなに良い記事を書いても名前を間違えたら0点でした」。印象的だったのは死亡記事。教授は「一人ひとりが背負った人生の物語を書きなさい」と言った。帰国後、医療系出版社を経て04年、福音館書店に入社した。

日常を丹念にはがす


家を背負って歩く村上慧さん(本人提供)

テレビやニュースや誰かが書いたレビューや人の噂を通して自分の評価を決めたり変えたりするような人になりたくない。なにが面白くてなにが面白くないか、なにが嫌でなにが嫌じゃないかくらい、自分で判断できるようになりたい。8月19日

「歩く家」を見送った後、高松さんは村上さんのブログを読み、「移住を生活」し始めた理由を知った。東日本大震災当日に村上さんが借りた都内のアトリエ。緊急時でもすぐには解約できない不動産に、「家とは何か」考えさせられた。

ブログには日々の思いがつづられていた。移動中に寺や民家で宿泊許可を得ても不安でその場を離れられない、トラックの風圧に家が倒され腹が立ったが降りてきた運転手は優しい、地域の夏祭りに招かれたが部外者だと排除する人もいる、被災地のかさ上げ工事に「これじゃ津波が見えないね」と仮設住宅の住民が漏らす—。

村上さんが書いた文章には受け売りや決めつけがなく、物事の「もう一つの側面」を提示していた。大震災で既存の社会システムが大きく変わると期待していた高松さん。「村上さんは、『結局何も変わらなかったこと』に真剣に向き合い、歩きながら自分なりの違和感を表現していたんです」。

故郷にしていく

自分で経験したことはすべて信用することができる。この体験してきた日々に確信がもてる。そうやって、嘘でもまた聞きでもない日々が積み重なっていく。2月10日

4月27日、初版2000部は大手を介さない小取次で街の書店に流通させた。「出版不況だから不安はつきもの。それでもたくさん歩いて、人に出会って。これからつくばを本当の故郷にしていきたい」。
『家をせおって歩いた』は夕(せき)書房から発売中。定価2000円。


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