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2017年1月23日(月)

閉ざされた父の9年を追って

土浦・添野 江実子さんが映画製作

亡き父が終戦後9年間もベトナムにとどまった残留日本兵の一人だと知った土浦市の添野江実子さん(57)は、父の足跡を調べるうちに日本兵の葬り去られた史実を掘り起こし後世に伝えるべきではないかと映画製作を決意。友人や知人に声を掛けて製作委員会を発足し、資金援助を呼びかけて今秋の完成を目指している。タイトルは「私の父もそこにいた」。

ベトナムを支援


「どんなささいな情報でも手掛かりにしたい」と添野さん

添野さんの父・綱河忠三郎さんは大正9年、栃木県芳賀郡中川村(現茂木町)の生まれ。20歳で召集され中国・上海に5年間駐留した後、1945年3月にベトナム・ハノイに入った。第二次大戦終戦時には約9万5000人の日本兵がいたとされ、そのうち約600人が自ら部隊を離れ忠三郎さんもその中にいた。

当時、ベトナムはフランスの植民地で、ホー・チ・ミンがベトナム独立同盟会(ベトミン)を結成し独立を目指してフランス軍と戦っていた。残留日本兵600人はその戦いに加わって独立に貢献したといわれ、1946年に開校したクァンガイ陸軍中学では日本兵が教官として約半年間ベトミンに武器の使い方や戦術を指導。しかし、忠三郎さんがどのあたりで何をしていたのか詳細は分かっていない。

運命の写真


父・綱河忠三郎さん

戦後9年を経て帰国した忠三郎さんは、土浦市内にあった引き揚げ者住宅に住み、40歳手前で結婚。いったん神奈川、東京と移り、一人娘の江実子さんが3歳の頃に土浦に戻った。

江実子さんは小さい頃、たまに父が話すベトナム語や「ホー・チ・ミンに会ったことがある」などのエピソードを聞いたことはあるが、それ以上は聞かされなかった。学校を終えて就職、結婚、子育てと普通の人生を歩み、2002年に父を見送った。

転機が訪れたのは一昨年。ベトナムに研修旅行に行く娘の「おじいちゃんの写真も持って行こうか」という言葉がなぜか気になった。結局、江実子さんも同行し、何か日本兵の話が聞ければとハノイ在住で映画「ベトナムの風に吹かれて」の原作者、小松みゆきさんに会うチャンスを得た。そして、小松さんが集めた資料の中にあったのが、ある1枚の写真。「父がここにいる—」。写真は1954年11月、列車とトラックを乗り継いで中国・天津にたどり着いたベトナムからの第一次引き揚げ日本兵の集合写真。言葉にならない衝撃が走った。

今やらなければ


準備を進める製作委員会メンバー

さっそく父と共に写っていた人や同じ部隊だった人の消息をたどり、ベトナム友の会会員名簿を手に入れて片っ端から電話を掛けた。すでに生存者は少なく、残された家族に話を聞いたが父の情報はない。ベトナム残留兵の論文を出している研究者にも連絡を取るなど、わずかな手掛かりにもすがる日々。折しも日越交流が盛んになろうとする今。「何だか父に導かれている気がする」と江実子さん。

映画の製作委員会はクリエイティブディレクターと映像作家、アドバイザーなどで構成。完成後DVDを県内の高校・大学に寄贈する予定で、現在、製作費など200万円を目標にウェブでのクラウドファンディング「キャンプファイヤーつくば」と、銀行振込み(常陽銀行荒川沖東支店、普通1342430 私の父もそこにいた製作委員会)で寄付を呼びかけている。

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