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[2005.04.15 up]

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玉里村:耳守神社


森の中ひっそりと建つ耳守神社

玉里村栗又四ケ(くりまたしか)には、全国でも珍しい耳の病を治してくれるという耳守(みみもり)神社がある。

地元では親しみを込めて「みみっちょ神社」と呼ぶこの神社の由来は―。第3代常陸大掾繁盛の五男・五郎左衛門兼忠(後に飯塚と名乗る)の千代姫という娘が7歳になっても耳が聞こえず、夫婦は思案の末、熊野神社に娘の耳が治るよう願をかけ、満願を迎えた朝不思議なことに千代姫の耳が聞こえるようになった。

やがて千代姫は成長して33歳になったある日、風邪がもとで床に伏してしまった。病は悪化する一方で、ついに明日をも知れぬ身となった千代姫は両親に「われ亡き後に社を建ててもらえれば、耳の病を守護せん」と言って息を引きとった。遺言通り両親は千代姫愛用の鏡をご神体として栗又四ケの地に社壇を設けて「耳守」と号して祭礼を営み続けた―。

しかし、1590年(天正18)大掾氏は佐竹氏に滅ぼされ、一族である飯塚氏も同じ運命をたどったので耳守神社も無くなり祭礼も断絶したが、その後、地元の人たちが神社を建て直し、姫の命日の9月9日には祭礼も執り行われている。

耳守神社へは、鹿島鉄道鉾田線に沿って延びる国道355号を石岡方面へ向かい四箇(しか)村駅先のパチンコ・タマリ脇を右折。約1キロ先の小さな十字路を左折し100メートル進んだ右手。

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