

利根川のそば、千葉県との県境にある稲敷市歴史民俗資料館。その中庭に第7代横綱・稲妻雷五郎の像が西の空を見つめている。
1802年 (享和2)、雷五郎(本名・根本才助)は同市阿波崎に生まれた。1829年(文政12)に吉田司家から横綱免許(当時横綱は地位ではなく資格だった。最高位は大関)を受け、江戸の人気商売である三男(与力、力士、火消しの頭)といわれた力士になった。
徳川の世になり隣国と争うことがなくなった各藩は、名うての力士を召し抱え江戸で強さを競うことで藩の名誉を上げていたらしい。雷五郎が召し抱えられたのは出雲国の松平氏。「雲から出るものは稲妻」と、当時としては粋なしこ名を与えられた。同じ藩にかの有名な雷電為右衛門もいた。雷電(為右衛門)が一人勝ちの強さを誇ったのに対し、雷五郎には阿武松(おうのまつ)緑之助という強力なライバルがいた。
不幸な生い立ちをバネに勝つことがすべてと貪欲に相撲をとった「努力の阿武松」に対し、相撲訓を著し相撲取りとしての心得を説く恵まれた素質を持った「天賦の稲妻」は、この時代の相撲人気の双璧だった。
雷五郎は茶道や歌詠み、刀鍛冶など多彩なたしなみを持ち、自ら締めた横綱の四手(しで)を細かくちぎって飲ませると子どもの熱冷ましに効果があると言われるほど、郷土の人に愛された。銅像の目は、かつて活躍した江戸の町の方角を向いている。
0299(79)3211/稲敷市歴史民俗資料館